心の貧しい人は仕合せじゃ 一条 天国はその人のものとなろう 芥川龍之介の短編小説
シリアの山奥に大男がおった。名をレプロボスと言う、その大男の頭の毛に何十羽もの
シジュウカラが巣を作り暮らす。山の民が困れば、彼が来て助けてくれた。旅人、里人
盗賊、猟師、牧童、樵など誰も彼を頼っていたので、悪口をいう人はいない。
ある里人が告げる。シリアの首都アンチオキアの王にお仕えなされたら、お前さんは
きっと、名のある大将になろう?
レプロボスはアンチオキアの王に面会して、臣下となり、隣国の王がシリアに攻め入ったら、レプロボスは、敵の大将を天に放り投げて大勝利を得る。
シリアの王は戦争終結後もキリストの十字架を何度も敬意っているのを見たレプロボス
は、その訳を訪ねると、実は悪魔祓いの為と言った。悪魔は王よりも強いのか?と尋ねる。王は激怒し、レプロボスは悪魔の王にお仕えしますと言って出て行こうとする。
王は彼を縛り牢屋に押し込める。彼は王よりも強い悪魔に魅せらて、鞍替えしようとしたのだった。
憐れんだある学者が彼のもとに来て、お前の心が気に入ったので助けてやった。
学者の背中に乗ったレプロボスが空を飛んで遠いエジプトの砂漠にある掘建て
小屋の屋根に彼をおろして立ち去った。かの学者は実は悪魔であった。
小屋に住むのは隠者の老人。彼を見て、お前はナイル川の渡し守として生きろと
命じる。大川に橋はない。大男の背に乗って激流を渡るしかない。三年経った夜
美少年の白衣の子供が戸を叩き、川越を依頼した。真っ暗な闇に風雨が激しい折、
大きな柳の幹を杖に、激流を渡るレプロボスは何度も流されそうになったが
持ちこたえる。川の中程から背の子供の体重が急激に重くなる。大岩を背負う程の
重さに加えて激流は勢いを増し流される一歩手前まできたが、柳の杖のおかげで
対岸へ無事に着いた。岸で男は童子に言った。お前の重さは全世界の海山の重さと同じ程だったぞ。
お前は一体何者なのだ?
其の時、童子の頭が金色に光る。童子はイエスキリストであった。キリストは全世界の
苦悩の重さを一手に背負った人であった。お前は世界の苦悩の重さを一手に背負った
のじゃ、そう言ったキリストに、彼は無言であった。
それ以来、レプロボスの姿はこのナイル川から消えてしまった。対岸に残された柳の
杖から毎年、美しい花が咲く様になった。
心の貧しい人は仕合せじゃ 一条 天国はその人のものとなろう
新約聖書マタイ伝より。
心の貧しい人とは
心に何も頼る術を持たない人の事で、神しか頼るものがない人の事。
仏教でいうところの無知な衆生である。