衆生病むが故に我(維摩)病む
当時の病とはウイルスや細菌によりパンデミックではない、病むとは
仏教的に言えば心の病=精神病ではない、の事を指す。心の病の根本
原因は無知、無明、有への愛(存在がある故に物でも何でもわが身に付く
有体への執着である)
そもそも人は元から執着心が誰にでもあります。その因子とは執着心を
引き起こす何かの存在がある為であり、何もなければ執着しようもない。
執着があるから存在がある、存在があるから執着も起きる。
有への愛と無知が衆生の病の原因であって、その原因が滅しない限り、
維摩の病も回復しない。
では維摩の病を如何にして癒すか?それが次の段階での展開となる。